名古屋高等裁判所 昭和32年(ネ)253号 判決 1959年8月03日
控訴人 原告 横田元吾 外二名
訴訟代理人 桜井紀
被控訴人 被告 桑名市長
訴訟代理人 横井孚一
主文
原判決を取消す。
被控訴人が桑名市昭和二十九年度予算にて西桑名森林組合こと桑員森林保護組合に対し植林補助金として金二万五千円を交付した行為を取消す。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
事実
一、控訴人等代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴は棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二、当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用書証の認否は左記に補充又は訂正する外原判決事実摘示の通りであるからここに之を引用する。
(1)控訴人等代理人は
(イ)控訴人等は桑員森林保護組合を相手取り本件につき訴を提起する法的根拠なく、又本件補助金の交付は桑名市長のなしたところであり同市長は補助金の交付を取消し得る権限をもつものであるから同市長を相手として訴を提起し得るものと考える。
(ロ)本件補助金は桑名市昭和二十九年度歳出予算の産業経済費、農林水産振興費の中から支出されたものであり桑員森林保護組合は本来本件補助金を受ける資格もなく資格なきこと明白なるものに対する本件補助金の交付は市民の常識観からするも又地方財政法第四条からいつても桑名市の財産の濫費であつて当然無効であるのみならず、乙第一号証に記載されている本件補助金の交付の条件にも反するのであつて無効である。無効の補助金交付を桑名市議会が承認決議をしたとしても有効にはなり得ないと述べた。
(2)被控訴代理人は桑員森林保護組合が植林を事業目的としていなかつたことは認めるが、被控訴人は本件補助金交付当時は右事実を知らなかつたものである。而して、本件補助金は西桑名森林組合に対しその申請に基き関係課長である当時の産業課長水谷喜治が予算執行の衝に当り現行予算事務取扱規程の趣旨(当時は右規定は存在しなかつた。)に従い右組合の森林振興対策に要した経費に対し産業経済費農林水産振興費奨励費より補助金として交付するに至つたものであると述べた。
(3)控訴人等代理人は本件補助金が予算の産業経済費農林水産振興費の中から交付されたことは之を認めるがその余の事実は之を争うと述べた。
(4)立証として控訴人等代理人は甲第一乃至四号証を提出し証人加藤隆通、同水野茂助の尋問を求め乙号各証の成立を認め被控訴代理人は乙第一号証の一乃至四同第二号証の一、二同第三号証の一乃至四同第四号証を提出し証人水谷喜治の尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。
理由
控訴人等が桑名市の住民であることは弁論の全趣旨によりその住所が桑名市にあることによつて認めることが出来、被控訴人が桑名市の昭和二十九年度予算中産業経済費農林水産振興費から西桑名森林組合こと、桑員森林保護組合に対して新植奨励補助金として金二万五千円を交付したこと、控訴人等が昭和三十一年六月一日桑名市監査委員に対し右補助金交付につき地方自治法第二百四十三条の二に基き監査並措置の請求をなしたこと、右監査委員が書面を以て控訴人等に対し右補助金交付は違法又は不当でない旨の通知をなしたことは当事者間に争がなく成立に争のない甲第二号証によれば監査委員が昭和三十一年六月十九日右の如き決定をなしたことを認めることが出来る。
そこで、右補助金の交付行為が適法であるか否かについて判断する。西桑名森林組合こと桑員森林保護組合は植林を目的とする組合でなかつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証、乙第一号証の一乃至四、同第二号証の一、二、同第三号証の一乃至四、同第四号証当審証人加藤隆通同水谷茂助の各証言同水谷喜治の証言の一部によれば西桑名森林組合は俗称であつて桑員森林保護組合が正式の名称であること、同組合は設立当初から植林を目的とする組合ではなく営林署の協力機関であり、火災盗伐の防止策森林の保護を目的とする組合であること、同組合は昭和三十年三月二日右の如く植林を目的とする組合ではなく又事実植林をしたこともなく且その組合長は水谷伝兵衛であるにも拘らず特に丹羽善之助を組合長と表示して同人名義で優良樹の植林事業及諸調査に要した経費につき補助金の交付を求める旨虚偽の申請書を桑名市に提出し同市の産業課長水谷喜治等も右事情を知りながらその書類の作成に協力し其の支出伺をたてたこと、当時の桑名市助役も水谷伝兵衛が桑名市政の有力者である等の事情から右事情をうすうす察知していたにも拘らず昭和三十年三月十日当時の桑名市長川島見一に代つて代理決済をなし同市長名義を以て昭和二十九年度予算中農林水産振興費、新植奨励補助金から二万五千円を支出し右組合に補助金として交付したこと、右組合は右補助金を植林の目的に全然使用しなかつたことを認めることが出来る。尤も当審証人水谷喜治は右二万五千円は予算の名義上は新植奨励費補助金として計上されているが実質上は本件桑員森林保護組合を維持育成する費用として同組合に交付する趣旨で市議会において議決されたものである旨証言しているが右証言は措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠がない。
被控訴人は本件補助金の交付当時桑員森林保護組合が植林を目的としない組合であることを知らなかつた旨、或は産業課長水谷喜治は正規の予算執行の手続を経て本件補助金を交付するに至つたものである旨抗争しているが之に副う如き当審証人水谷喜治の証言以外に之を認めるに足る証拠がないから被控訴人の右主張はその理由がない。
而して、右認定の如き事実関係よりすれば植林事業をなさないにも拘らず優良樹の植林事業及諸調査に要した費用につき補助金の交付を求める旨詐欺行為を以て補助金を騙取せんとする桑員森林保護組合に対し桑名市係員も加担して予算上明に新植奨励補助金として支出すべきことを要求している費目から本件補助金を交付したというに帰着するから本件補助金の交付行為は違法であつて取消を免れないものといわねばならない。尤も当審証人水谷喜治の証言、前記乙第四号証によれば予算の「項」「目」「節」内流用が認められて居り且本件補助金は農林水産振興費中の奨励金の「項」に計上されていることが認められるから本件補助金の交付行為は桑員森林保護組合の維持育成のために交付されたものとして奨励金の支出と見られ妥当を欠くかもしれないが違法な措置と認められないと考えられるかもしれない。然しながら、予算支出上の名目の点はともかく本件補助金の交付行為自体に前記の如く桑員森林保護組合の詐欺行為自体に桑名市当局が加担しているという事実が認められる以上その違法なること明白であるといわねばならない。
被控訴人は本件補助金交付は市議会の決算審議の際市議会によつて承認せられたものである旨抗争し成立に争のない乙第二号証の二によれば昭和三十一年一月三十日市議会が右の如き議決をなしたことが認められるけれども右決議によつては予算支出の名目上の不当性又は違法性は治癒されるかもしれないが本件補助金の交付行為自体に存する前記の違法性は治癒するものとは考えられないから被控訴人の主張はその理由がない。
されば、本件補助金の交付行為は右の如き違法性あるものとして取消すべきものというべきである。
尚、附言するに、補助金の交付行為は公法上の単独行為であつて、補助金の交付申請は交付申請をなしたるものに限り補助金が交付されるという効果を有するに過ぎず、補助金の交付行為を以て公法上の契約と認めることが出来ないから本件補助金の交付行為の相手方たる桑員森林保護組合を本件訴訟の被告となす必要がないものと考える。
以上の理由により控訴人等の本訴請求は正当であるから之を許容し之と異なる原判決は之を取消し民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十五条を適用し主文の如く判決する。
(裁判長裁判官 県宏 裁判官 奥村義雄 裁判官 中谷直久)